チャプレンメッセージMessage from the Chaplain
2022年04月01日掲載
「希望を持って再び立ち上がる」
4月は学校にとってさまざまなことが新しく始まるときです。7日には中等科の入学感謝礼拝が行われ、新入生が入学されることになります。8日には高等科の入学感謝礼拝と始業式が行われ新たな学年に進級した生徒さんの新しい1年が始まる希望の時を迎えるのです。新入生の方々には初めてかもしれませんが、今年はキリスト教の最も重要なイースター(復活祭)が4月17日の日曜日にやってきます。香蘭女学校では20日に全校でイースター礼拝を行います。イースター(復活祭)は日本人にはあまりなじみのない習慣かもしれませんが、最近はさまざまなところでうさぎや卵が用いられたイベントも行われるようです。キリスト教というとクリスマスが有名ですが、実はイースター(復活祭)が最も大切な祝日なのです。なぜかというとこの「キリストの復活」という出来事があってキリスト教が始まったからです。イースター(復活日)には世界中の教会でお祝いの礼拝が行われます。
復活のことを英語ではRESURRECTION(レザレクション)と言います、あまり聞き慣れない英語ですが、REとは電子メールで返信を意味するように、「再び」という意味があることはみなさんよく知っていると思います。SURRECTというのはラテン語のサルゲーレという言葉が元の言葉で、これは「立ち上がる」という意味です。つまり「復活」RESURRECTIONというのは、「再び立ち上がる」というのが本来の意味です。みなさんは自分が赤ちゃんの頃、這い這いをしていたことを覚えていますか。赤ちゃんは生まれて10ヶ月くらいたつと這い這いからつかまり立ちをしてすっと立つことができるようになります。私も自分の娘が赤ちゃんの時、這い這いから一人で立ちあがったときに見せた嬉しそうな、得意げな表情を見せたことを思い出します。人間は直立歩行を始めたことで手が自由になり、手で様々な作業をするようになって著しく脳が発達したといわれます。立ち上がるということは人間の特質と言っていいのかもしれません。一方、私たちは立ち上がることもできない、倒れてしまうほどのつらいこと、悲しいことを経験することがあります。受験に失敗した、大きな病にかかってしまった、愛する人が死んでしまった、そんな辛いことを経験します。今ウクライナでは戦争があり、人々が数多く死に、家を失いまた国外に避難するという困難の中で悲しみと絶望に苦しんでいます。立ち上がることもできない絶望的な状況の中にいるのです。
聖書の中に生まれながら歩くことのできない人が登場します。仕事をすることもできず、人から施しを受けて生活するしかない辛い人生を送っていた人でした。その人がイエスさまの弟子のペテロという人に出会って、お金でももらえるかと思っていたら、「イエス・キリストの名によって立ち上がりなさい」と声を掛けられ、その言葉を信じて立ち上がろうとすると、本当に立ち上がることができたという不思議な話です。人間はもう立ち上がれない、倒れてしまうような、どうにもならない絶望的な苦しみを経験することがあります。そんな人間に聖書は「復活」したイエスさまを信じることで「再び立ち上がる」ことができると告げるのです。イエスさまの「復活の力」を信じることでもう一度立ち上がって生きることができる希望が与えられる、それが「復活」ということなのです。
東日本大震災、津波による被害、原発事故、また熊本の地震、このたびの東北を襲った地震などでどれほど多くの人が苦しみ、倒れ、打ちひしがれてきたことでしょう。ウクライナでは大事な子どもまた家族を失い、住む場所を失った多くの人々がいます。この人々に「復活の力」が与えられて「再び立ち上がる」ことができるように私たちは祈りたいと思います。そして同時に私たちも学校生活の中で、またこれからの人生の中で苦しみ、悲しみ、困難なことに遭遇し、死ぬような思い、絶望することがあるかもしれません。そんな時にイエスさまの復活の力「真の希望」が与えられていることに気づいて「再び立ち上がる」ことができることを信じましょう。
香蘭女学校チャプレン 杉山 修一