チャプレンメッセージMessage from the Chaplain

2017年01月01日掲載

何年前のことであったか忘れてしまいましたが、未だに心深く印象に残っているコマーシャルがあります。世界的に有名なウィスキー、ジョニーウォーカーのコマーシャルです。「この街には、二つのタイプのひとがいる。嘘をつく人と、つかれる人」という文言が画面に映し出され始まります。   

映像の中では、あるバーで二人の男性が待ち合わせをしています。一人は先に来て友だちを待ちながら、今か今かと外に目をやっています。すると、入口の所で若い女性と話をし、お金を手渡している友人の姿が目に入ってきました。その後、店に入ってきた友人に、先に来ていた男性が開口一番言います。「よっ、騙されたな。あの人、病気の子どもがいるって言っていたろう。あれ嘘なんだ」と。すると、「友人は微笑んだ」という字幕が入り、その友人はしみじみと言います。「よかった、病気の子はいないんだ」と。

何とも心がホッとさせられ、ほのかな灯火が点るようなコマーシャルです。想像しますに、おそらく先に来て待っていた男性も、過去に同じ経験をしたのでしょう。そして、たった今お金を騙し取られた男性においては、「今直ぐ追いかけて、騙し取られたお金を取り戻して来る」と言って店を飛び出したり、「今度見かけたら、警察に突き出してやる」といきり立ったりするというリアクションも起こり得たはずです。しかし、彼は全く別の、正反対とも言えるリアクションをしました。しみじみと、「よかった、病気の子はいないんだ」と言った、そのリアクションです。お金を騙し取られたという、身の上に起こった出来事は同じでしたが、その後の心の置き所、命に対する自らの心の向け方は、通常起こり得る可能性が多いリアクションとは全く違ったものでした。

騙された結果、彼の財布には本来あったはずのお金はありません。つまり、お金は無くなりました。一方、彼の心の置き所は、同じ無いでも、病気の子どもはいないという意味での「無い」でした。

人は時に何かを失ったり、手放したりした後のリアクションの中に、その人の真の姿、心の置き所、命への向き合い方が醸し出されてくることもある、そのようなことを、たかが数十秒のコマーシャルかも知れませんが、示されたような気がします。そして、時として何かを失ったり、無くしたり、手放したりした時、それは唯単に何かを失った、無くした、手放しただけでは無しに、大事な何かを得たり、見出したり、取り戻したりすることに通じる時もあるのかも知れません。時々の状況や環境、精神状態などによって、人や出来事に対するリアクションは、同じ一人の人でも違うことは当然あり得ましょう。おそらく、どのリアクションも本当なのでしょうが、同時に私たちの平和、平安を生み出す最も自分らしい、更には人間の根源的なリアクションとは何か、時折思い巡らしたいものです。